2018年05月10日

香席と投扇興体験会

少し前になってしまいましたが、5月5日に浅草にある本龍院というお寺で香席と投扇興体験会があり、参加しました。香席は5種類のお香の香りが同じか違うかを当てる遊びです。お香は6種類あるので、全部違うから全部同じまで組合せは52種類。それを源氏物語54巻の最初と最後の巻を除いた52巻のタイトルで表現します。非常にほのかな香りで正直違いがよく分かりませんでした(私が鈍感ということではなく、誰も正解がでないこともよくあるそうです)。

当扇興は扇子を投げて、的に当て、的と扇子の落ちた様子から得点を付け、10投した得点で勝敗を決めます。思うように飛ばないことから、男女老若関係なく楽しめます。5投ほど練習してから、参加者同士で対戦。こちらも源氏物語にちなんで得点名が付けられています。

香席、投扇興とも非常に雅な遊び。遊びは余裕がないとできません。非常によい体験をしましたが、私は常にやることがあるので、遊んでいる余裕はありません。自分の知らない世界を垣間見た感じです。ちなみに、今回の体験会はお弁当付きで参加費は1,000円。お得が好きな私としてはこの面でも大満足でした。

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2018年05月05日

長浜歴史文化講座4「中世村落の自治と観音信仰」

びわ湖長浜KANNON HOUSEの講座ですが、場所はいつもの場所ではなく、台東区上野区民館で行われました。講師は長浜城歴史博物館の元館長の太田先生(現・市民協働部学芸専門監)。今年度、国宝に指定される「菅浦文書」は公家や武士の残した文書ではなく、庶民が残した文書が初めて国宝に指定されるということで画期的だそうです。

菅浦文書は室町時代の村の規則を定めた村掟や、田地を隣村の大浦と堺相論を住民自身が記録した合戦記が含まれるとのことである。中世の惣村は村で立法権や警察権を持ち、徴税も行い、非常時高いレベルで自治を行っていたことが窺われる。この講座の後、東京国立博物館で実物を拝観したが、資料が実に生き生きと見えた。
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2018年02月03日

節分会

今日は弘明寺の節分会の護摩法要に参加して来ました。法要後の法話で、豆まきの際の掛け声は「鬼は外、福は内」が一般的だが、成田山や鬼子母神では「鬼は外」は言わない、吉野の金峯山寺では「福は内、鬼も内」と言うとのお話がありました。成田山では不動明王が鬼を調伏し、鬼子母神でも鬼神を外に追いやってはいけないので、「鬼は外」と言わないそうです。金峯山寺の「鬼も内」は鬼は自分の中におり、自分の中に鬼がいることを意識して、それを鎮めるように心がけることから来ているそうです。私も自分の中に鬼がおり、それが暴れないように心がけたいと思います。
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2018年01月27日

金沢文庫特別講演会「運慶様式の形成」

本日は文化庁の奥建夫氏を講師に招き、「運慶様式の形成」というタイトルで講演会で行われた。一口に運慶様式と言っても、まだまだ最新研究によって変わっていく可能性はある。当初は運慶作が確定している円成寺の大日如来像と興福寺北円堂の弥勒如来坐像から運慶様式が考えられていたが、その後、願成就院の阿弥陀如来坐像や浄楽寺の阿弥陀三尊像など東国の運慶作品が確認されることで、運慶様式の見直しもなされた。

講演会では衣の襞や、顔付き、体形などから様式が論じられていることが理解できた。結論としては、運慶工房としての基本フォーマットがありながらも、都と東国ではスタイルを使い分けいるらしいこと、願主の注文に応じてカスタマイズが行われていることが上げられた。一口に慶派と言っても、康慶の弟子の同世代の宗慶、運慶の弟子の実慶、運慶の晩年を継承している肥後定慶など作風の大きな違いがあることも分かった。今後、慶派の作品を見る時には注意して観察してみようと思う。
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2018年01月08日

日向薬師の初薬師

今日は日向薬師の初薬師に行って来ました。昨年も同じ日に来ていますが、昨年は時間が早すぎて薬師粥をいただけませんでしたが、今回は薬師粥の時間に合せて参詣。

もちろん、最初は宝物殿でご開帳の薬師三尊様を拝観して、お勤めにも参加。終わった頃には、すでにお接待は始まっており、長い行列ができていました。今日はあいにくの曇天でしたが、行列で待っている時間にはなぜか晴れて、寒空の下で待つこともありませんでした。無事に薬師粥もいただけて、今年1年健康に過ごせますように。

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2018年01月02日

初詣

今年の初詣は2ヶ寺を回りました。最初は家族揃って、総持寺。これはもう十数年続けている我が家の恒例行事。例年はお昼頃、ゆっくり来ますが、今年はそれぞれその後の予定があり、9時過ぎには参道に到着。屋台も準備中で、参拝客もまばら。行列がないので、初詣はあっけなく終わってしまいました。写真は総持寺仏殿ですが、抜けるような青空が印象的でした。

鶴見駅でそれぞれ別れて、私は京急で弘明寺へ。11時からの新年初護摩行に参加しました。弘明寺のお護摩には加持祈祷的要素がかなり入っており、密教の呪術的要素が協調されているように感じました。今年も1年家族が息災で自分の目標に向かって進めるよう祈願しました。

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2017年12月23日

五百羅漢寺の修養会

今日は目黒にある五百羅漢寺の修養会に参加しました。前回、らかん仏教文化講座に参加したので、その時の受講カードで境内を拝観できたが、修養会の開始時間があり、ゆっくり拝観できなかった。会場のアミダ堂に行ってみると、参加者は自分も含めて3名。なかなか衝撃的な人数。修養会とは浄土宗の念仏を唱える法要で、別時念仏会とも言うことを後から知った。木魚の叩き方を教わった。増上寺の別時念仏会に何回か参加したことがあり、その時は他の参加者の木魚に合せるだけだったが、中打ちという念仏の言葉と言葉の合間に木魚を打つのが浄土宗の叩き方だそうだ。ちなみに、人数が多い場合は頭打ちと言って、念仏の最初の言葉で打つそうだ。

修養会の後は茶話会。通常は住職のお話を伺うのが普通だが、仏教よもやま話になった。他の2名の参加者は檀家さんで、仏教に造詣の深い方たちだったので、五百羅漢寺にはかつてさざえ堂があったことが話題になった。また、これからのお寺のあり方についても話題になった。先祖供養とは「する」ものでなく、「させてもらう」ものだというお話があり、非常に印象に残った。予定より30分も時間を超過して、おもしろい話を聞くことができた。

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2017年12月17日

行動する仏教者

母が亡くなり、毎週見舞いに行っていた時間が空いたので、最近は法話等の仏教行事によく出席している。その中で感じるのは、住職や僧侶たちが仏教者として社会に関わろうと行動する姿勢に共通点があることである。人間関係の希薄化や、コミュニティの崩壊は以前から言われていたが、人口減少で檀家も減少し、いよいよ危機感を実感してのことであろうか。お寺には先人たちの残したたくさんの有形無形の資産があり、またお堂などの物理的な場所もある。新しい人との関係を生み出す発信源として注目に値すると思われる。
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2017年12月10日

らかん仏教文化講座「近代彫刻としての仏像」

昨日、五百羅漢寺でらかん仏教文化講座「近代彫刻としての仏像」という講演会がありました。講師は小平市平櫛田中彫刻美術館学芸員の藤井明先生です。

明治以前は職人としての仏師が仏像を、模刻・制作していたが、明治になり西洋的な美術の概念が入って来て、従来の職人的仏師と彫刻芸術家に分化するようになった。今回の講演では後者に着目し、その潮流をご説明いただいた。芸術家が制作するのは仏像的彫刻であって、信仰の対象としての仏像ではない。しかし、木彫芸術に伝統的な仏像技法や様式がどう影響を与えたかという視点はおもしろいと感じた。
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