2018年02月17日

リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット「ライフシフト 100年時代の人生戦略」

 昨年、「人生100年時代」がキーワードになり、日本政府も最近年金改革の方向性を発表しているが、本書が影響を与えていることは間違いない。団塊の世代までは3ステージの人生で乗り切れた。3ステージの人生とは、教育、仕事、引退を同年代が一斉行進のように進むことである。しかし、50代中盤の私の世代はすでに3ステージの人生では乗り切れない。まず、財政が持たないので、年金支給年齢が引き上げられ、その分長く働かなければならない。また、100歳生きないまでも、平均寿命の80歳にしても引退後の余生は長過ぎる。働ける限りは働いて、生き生きと暮らしたいものである。

 本書では3ステージの人生からマルチステージの人生へのシフトが必要であることを説いている。人生が長くなれば働く期間も長くなるだけでは疲弊するだけだ。働き方にも多様性が求められ、充電のためにリカレント教育も重要になる。企業も学卒一括採用、無期雇用の正社員だけでなく、多様なキャリアの人間を活用できなければ成り立たなくなる。しかし、企業や政府、更には社会の変化は遅い。自らを理解し、どのように長寿化に対応していくのかは自ら考えるしかない。そのための多くのヒントを本書は与えてくれる。
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2018年02月12日

初めての単身赴任

4月から名古屋に単身赴任することになった。53歳にして初めての一人暮しになる。まだ子どもがいない時代に奥さんが海外出張で3ヶ月程度不在のことがあったが、一人暮しはそれ以来のことになる。赴任先の住居を探したり、家電製品を購入したり準備を始めている。

今日は実家にTVと掃除機を引き取りに行った。親のために買い与えたものだが、親も亡くなり、実家に住む弟も使わないとのことなので、引き取ってきた。衣装ケースも不要とのことで、ありがたくもらって来た。それから、ビックカメラでシェーバーも購入した。大型家電は引っ越し後に購入予定。来週の日曜日は赴任先の住居の下見に行く。寒くないといいなあ。
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2018年02月04日

千葉県睦沢町妙楽寺ご開帳

今日は千葉県睦沢町にある妙楽寺の年に1日のご開帳に出かけました。こちらのお寺には重要文化財の大日如来坐像がお祀りされています。平安後期作の丈六仏です。胎蔵界の大日如来様なので、定印を結んでいます。

甘酒かほうじ茶と、お茶菓子のお接待があり、護摩法要に参加しました。お寺と地元の方々の結びつきが感じられ、よい法要でした。

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岩鼻通明「出羽三山 山岳信仰の歴史を歩く」

 私は秘仏ご開帳に出かけるので、羽黒山や注連寺、大日坊には参拝しており、修験道の山であることは何となく理解していたが、日本を代表する霊山として、広く東日本に信者を持っていたとは知らなかった。強大な修験道の組織を持ち、修験者が布教活動を行い、広く講を組織していたのが大きいのだろう。

 修験道はもともと山岳信仰として、自然崇拝=神道としての側面と仏教の本地垂迹が混交した宗教であったが、仏教も天台宗系の本山派と真言宗系の当山派が祭祀権を巡って争い、その争いは「両造法論」と呼ばれている。そこに明治維新で神仏分離が命じられ、修験道は廃止された。祭祀権は神道側に一括されるが、仏教側に残った寺院も何とか生き延びた。第二次世界大戦後には羽黒山修験本宗として復活を果たした。

 近世には「お伊勢参り」がブームとなり、神社仏閣への参詣が庶民の娯楽という側面もあった。しかし、出羽三山は物見遊山で出かけるには自然条件が厳しい場所である。山岳信仰は自然崇拝と先祖祭祀という側面があったと解説されている。しかし、山麓の住民が山に先祖がいると考えるのは理解できるが、遠い関東の庶民が先祖供養に出羽三山に出かけたとは考えにくい。修験者がどのような布教活動を行っていたのか非常に知りたいところである。
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2018年02月03日

節分会

今日は弘明寺の節分会の護摩法要に参加して来ました。法要後の法話で、豆まきの際の掛け声は「鬼は外、福は内」が一般的だが、成田山や鬼子母神では「鬼は外」は言わない、吉野の金峯山寺では「福は内、鬼も内」と言うとのお話がありました。成田山では不動明王が鬼を調伏し、鬼子母神でも鬼神を外に追いやってはいけないので、「鬼は外」と言わないそうです。金峯山寺の「鬼も内」は鬼は自分の中におり、自分の中に鬼がいることを意識して、それを鎮めるように心がけることから来ているそうです。私も自分の中に鬼がおり、それが暴れないように心がけたいと思います。
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2018年01月27日

金沢文庫特別講演会「運慶様式の形成」

本日は文化庁の奥建夫氏を講師に招き、「運慶様式の形成」というタイトルで講演会で行われた。一口に運慶様式と言っても、まだまだ最新研究によって変わっていく可能性はある。当初は運慶作が確定している円成寺の大日如来像と興福寺北円堂の弥勒如来坐像から運慶様式が考えられていたが、その後、願成就院の阿弥陀如来坐像や浄楽寺の阿弥陀三尊像など東国の運慶作品が確認されることで、運慶様式の見直しもなされた。

講演会では衣の襞や、顔付き、体形などから様式が論じられていることが理解できた。結論としては、運慶工房としての基本フォーマットがありながらも、都と東国ではスタイルを使い分けいるらしいこと、願主の注文に応じてカスタマイズが行われていることが上げられた。一口に慶派と言っても、康慶の弟子の同世代の宗慶、運慶の弟子の実慶、運慶の晩年を継承している肥後定慶など作風の大きな違いがあることも分かった。今後、慶派の作品を見る時には注意して観察してみようと思う。
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金沢文庫特別展「運慶〜鎌倉幕府と霊験伝説」

今日は金沢文庫で講演会があり、特別展「運慶〜鎌倉幕府と霊験伝説」も拝観してきました。昨秋の運慶フィーバーには少々辟易しましたが、今回の特別展はなかなか充実していました。

東博の運慶展にもお出ましされていましたが、まずは瑞林寺の康慶作地蔵菩薩坐像がお出迎えしてくれます。今回の目玉は曹源寺の十二神将像ですが、頭上の動物が後補とのことで像名と合っていないのが興醒め。栃木・光得寺の大日如来像、愛知・滝山寺の梵天立像など最近の伝運慶作もしっかり押さえている。

しかし、充実しているのはここからです。光触寺の阿弥陀三尊像、神奈川・教恩寺の阿弥陀立像及び両脇侍立像、宗慶作の埼玉・保寧寺阿弥陀立像及び両脇侍立像、実慶作のかんなみ仏の里美術館勢至菩薩立像、静岡・修禅寺大日如来像と慶派の実力作が目白押し。特に、光触寺の頬焼阿弥陀様はご開帳日にお目にかかれなかっただけに、やっと拝観することができました。本特別展で、改めて慶派の精神性を感じることができました。
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2018年01月20日

千手千足観音立像拝観

今日はびわ湖長浜KANNON HOUSEで正妙寺千手千足観音立像を拝観した。東京芸術大学美術館で開催された「びわ湖・長浜のホトケたちU」でお出ましになった際に拝観させていただいたが、再度お会いしたという声が多く、再度お出ましになったそうだ。

何ともユーモラスな仏様で、千足はマンガでバタバタした雰囲気を出す時の描写に似ている。千手は錫杖と戟を持った二臂以外は持物を持っておらず、すべての手が手の平を上に向けている。お腹がポッコリして幼児体形。憤怒相だけど、やさしいお顔にも見える。どこかやんちゃな雰囲気はあるが、やっぱり観音様の無限の慈悲も感じられて、そこが魅力なのかもしれない。

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2018年01月14日

吉田一彦「『日本書紀』の呪縛」

 「日本書紀」は我が国の最初期の書物であり、日本創造の神話と天皇による政治の歴史が記載された書物であるが、歴史的事実とは異なる意図的な創作がなされているという。日本書紀は政治的な書物であり、天皇による統治と天皇を中心とする政権を担う氏族を正当化する意図を持って書かれている。日本書紀に書かれたことが唯一の正史となり、現在、及び未来を規定する権威となった。

 日本書紀の記述を前提として、そこに書かれていないことを記載した書物や、日本書紀の記載と反することを記載した書物も書かれた。まさに書物の戦いである。自分の氏族の盛衰がかかっているので、政争そのものである。政治だけでなく、仏教や寺院においても日本書紀の記載をめぐる諍いは起こっている。古代における仏教界のスターは聖徳太子であるが、自分の寺こそ聖徳太子の正系だとして寺院によって聖徳太子の伝説が異なっているという。

 日本書紀は明治政府の国体を支える思想の中心となり、戦前の昭和まで継続した。戦後は表現の自由により日本書紀の相対化が進んだが、今なお日本書紀の存在は大きいという。日本の文化に日本書紀に描かれている神話や天皇の物語が深く浸透しているからである。私も仏教に関心のある者として、日本書紀に向き合ってみたい。
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2018年01月13日

電球型LED

これまで我が家の照明は、蛍光灯は順次LEDに切り替えてきたが、電球はまだLEDは高かったので、従来の電球を買ってきた。金曜日に洗面所の電球が切れてしまったので、本日ケーズデンキに電球を買いに行った。従来の電球と電球型LEDの価格差は大幅に縮まり、耐用期間を考えると電球型LEDの方が安いところまで来た。電球型LEDを購入したのは言うまでもない。残りの電球も今後は電球型LEDに切り替わって行くことになる。
posted by asami3 at 23:39| Comment(0) | 身辺雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする